友だちがラザニアをつくるというので食べに行った。美味しかった。
という結論から始まる文章。もっと展開を考えるべきだとは思う。頭に浮かんでいることを文章に落とそうとすると、かなりの部分が抜けおちる。それはなぜなのか。言葉が限られているからだ。表現を増やしたら、もっと自由になるのかもしれないし、ならないかもしれない。それはやってみないと分からない。
一人で居て、文章を書きたくなる。けれど書けない。誰かと居て、文章を書きたくなる。その時は自分の感覚に自由に浸りたくて書きたくなる。一緒に居る誰かの感覚に侵食されたくないのだと思う。誰しも言いたいことがあり、分かって欲しいことがあり、共感して欲しいことがある。それでいい。でも、こちらの領域にまで深く入り込まれると自分を護りたくもなる。そういう時に無性に文章を書きたくなる。自己防衛なのだと思う。
これがいつか人が読めるくらいに昇華できるといいなぁ。